外部展示物
野外展示物
01
梅軒尹奉吉義士の銅像
1993年4月29日、上海義挙61周年を記念し、祖国の独立と世界平和、平等、自由のために24歳の若さで命を捧げた尹義士の崇高な精神を称えるために、「梅軒市民の森」内に建設されました。台座の右側には、義挙を決意し、虹口公園を視察した後の4月26日に残した離郷詩が刻まれています。左側には「この恩恵を長く仰ぎ見ること(斯恩寔瞻)」という銘文を刻み、下段には義挙後に日本軍警に連行される場面のレリーフが施されています。
02
千秋義烈尹奉吉義士崇慕碑
1992年4月29日、上海義挙60周年を記念し、尹義士の崇高な愛国精神を称えるために「梅軒市民の森」内に建立されました。
03
詩文碑(学行、丈夫出家生不還)
2024年、上海義挙92周年を記念して建立されました。この碑には、尹義士が14歳の時に詩大会で首席を獲得した「学行」と、独立運動のために中国へ亡命する際に残した「丈夫出家生不還(男子、家を出づれば生きて還らず)」の2つの代表的な文章が刻まれています。
梅軒尹奉吉義士 略伝
1905
乙巳勒約、統監府設置、外交権剥奪。
1907
高宗皇帝強制退位、軍隊解散。
1908. 6. 21.
忠清南道礼山郡徳山面時良里で出生。
本名:禹儀、字:鏞起、雅号:梅軒、別名:奉吉。
本名:禹儀、字:鏞起、雅号:梅軒、別名:奉吉。
1910
庚戌国恥。
1919
三一独立運動の影響を受け、植民地教育に反対して徳山公立普通学校を退学。
1921
烏致書塾の梅谷成周錄先生の門下で漢学と漢詩を学ぶ。
裵用順と結婚。
裵用順と結婚。
1926
師匠に「梅軒」という雅号を授けられる。夜学を設立し、農村啓蒙運動を開始。
1927
『農民讀本』(夜学及び農村運動教材用)編纂。
1928. 2. 5.
復興院を設立し、農村復興運動を主導。
1929
己巳年日記、爲親契、秀岩体育会、月進会組織、「ウサギとキツネ」演劇公演。
1930. 3. 6.
「丈夫出家生不還」の文を残して祖国独立のために中国へ亡命。
1931. 6. 23.
上海に到着。韓人共友会を組織し、夜学および労働運動、金九、李裕弼、安恭根、金毅漢などと独立運動を展開。
1932. 4. 26.
韓人愛国団に入団。
1932. 4. 29.
虹口公園での日王誕生日祝賀式および上海事変戦勝記念式会場で爆弾投擲義挙を敢行、現場で逮捕。
1932. 5. 25.
日本軍法会議で死刑を宣告される。
1932. 12. 19.
日本金沢陸軍兵器部工兵作業場で銃殺刑により殉国。
1943
カイロ宣言、上海義挙を原因とする韓国独立の約束。
1946
遺骨発掘及び祖国奉還、大韓民国初の国民葬挙行、孝昌公園安葬。
1962
大韓民国建国勲章 大韓民国章を追叙。